4月12日 遺品の価値は本人のみぞ知る 

2014年4月16日 13時22分 | カテゴリー: 活動報告

 先伸ばしにしていた夫の四十九日の法要を自宅で行いました。今の自宅に越してきて27年、ふすまを張り替える気力をなくして途中で放置してあったものも含め、表具屋さんにお願いし、新聞紙の山や紙類を見えないところに隠し、壁紙はしみだらけの部分ははがしてしまい、(下地むき出しの状態だけど白い壁紙を貼った様に見えなくもない)、と大忙しでしたが、我が家の1階は久しぶりに一瞬ですが見違えるようになりました。

 それが娘たちの断捨離熱に火をつけたのか、深夜まで2階の片付けが続き、不要の棚を分解し庭に放置、タンスを2階から1階に移動、衣類などをビニール袋に詰めた結果、大量の処分品が発生しました。娘たちのパワフルな動きぶりに、かつての私もリサイクルショップで買ったタンスを一人で2階に持ち上げたり、2階と1階の家具を入れ替えたりしていた時期があったことを思い出しました。(今ではタンスを抱えたまま階段落ちしてしまうかも。)

夫の釣り用の電動リールやカバン、洋服も思い切りよく処分品の中に入れられて、持ち主を失った物の大半は家族にとっては何の使い道も価値もないのだと実感しました。

そこで心配になったのは、私がただ一つ持っている指輪のこと。豚に真珠、猫に小判、私にダイヤモンド!夫の両親が結婚前に買ってくれたものです。私がいなくなったら、おもちゃの指輪と間違えられて、娘たちにすぐさま緑の不燃ごみの袋に突っ込まれてしまうのではと心配になり、慌てて指輪の鑑定書を確認すると、鑑定書の文字は年月とともに既にぼやけていました。